○Cross Road 120回 オリンピックメダルの価値 文/吉田 良治
コロナ禍2年目の今年、東京オリンピックが開催されました。日本は当初の目標だった金メダル30個は下回りましたが、27個の金メダルを獲得しました。大変困難な状況下での大会でしたが、国内外から参加されたアスリートやスタッフ、そして運営に関わったIOC、JOC、そして東京オリンピック組織委員会、さらにボランティアスタッフの皆さま、ご苦労様でした。
2013年に東京でオリンピック開催が決定後、オリンピック開催費やエンブレムの問題、さらに森喜朗前東京オリンピック組織委員会会長をはじめ大会関係者の人権軽視の発言問題など、様々なスキャンダルにまみれた大会でもありました。金メダルを獲得した女子ソフトボールの後藤希友選手のメダルを、河村たかし名古屋市長が口に入れて嚙みつくなど、ハラスメント行為もありました。日ごろの努力を重ねて獲得したアスリートへの冒涜ともいえる行為です。
一方、メダルを社会貢献に活用する事例もありました。女子やり投げで銀メダルを獲得したマリア・アンドレイチェクは、銀メダルをオークションに出品し、アメリカで心臓手術を受ける幼い子ども(アンドレイチェクとは縁戚関係はなし)の手術費用に提供しました。
メダルの真の価値は常に心に留まります。メダルはただの物質でしかありませんが、他の人にとって時に素晴らしい価値を持ちます。この銀はクローゼットでほこりを被る代わりに、人の命を助けられるんです。だから病気の子どもを助けるためにオークションに出そうと決断したのです”と、オリンピックメダルが自分の自己満足で終わるのではなく、社会のために役立てるのであれば、手放すこともいとわない。
こういった考えは、日本でなかなか見当たりません。日本では国はもちろん国民の多くがメダル獲得に躍起になる“Cult of Olympic-Medals”状態になります。日本はすごいぞ!ということを国内外にアピールする機会、それが日本のオリンピックの価値なのかもしれません。
スポーツは社会の一部、アスリートの前に社会の一員としてどうあるべきかを問う、そのような考えが日本でも浸透すれば、アンドレイチェクの行為も当たり前に受け止められるのかもしれません。オークションで落札したのは同じポーランドのコンビニ大手のジャプカという企業で、落札後メダルはアンドレイチェクへ戻し、子どもの手術費用も負担するのだという。アスリートが社会に人としての模範を示し、それを社会が支持・支援する良い事例です。
プロテニスの大坂なおみは父親の祖国ハイチで発生した地震により、次期参加予定の大会の賞金を全額寄付すると宣言しました。日本でも東日本大震災をはじめ、毎年台風や大雨などの自然災害で大きな被害を受けます。日ごろ発生するこうした自然災害で中々日本国内のスポーツ関係者から、災害支援の声が上がりにくいのは、やはりスポーツは社会の一部になっていないのでしょう。スポーツという狭い世界の中でしか生きてこなかった、そんなアスリートが多く、社会の問題に希薄になっています。森喜朗前東京オリンピック組織委員会会長の女性蔑視発言の際も、日本のスポーツ界が沈黙していたのも同様です。元オリンピックアスリートの為末大氏も、“沈黙は同意!”と指摘され反省されました。
以前阪神タイガースで活躍したマット・マートンは、アメリカへ帰国後の2018年に発生した台風21号や大阪北部地震被災地の支援のため来日しました。以前私はマートンと対談した際、“スポーツ界は社会に支えられて成り立っている。社会にある問題に敏感になり、その解決のために汗を流して取り組みことは大事なことだ!”とマートン自身の考えを共有していただき、現役中マートンは大阪のホームレスの炊き出しなどにも積極的に参加していました。マートンは日本のスポーツ界の問題として、“スポーツという狭い世界の中だけで生きることはとても危険である”と、スポーツ偏重の人生を送る日本のアスリートに警笛を鳴らしました。(つづく)
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